彫刻の問題

数年前、散策がてら井の頭公園に隣接した彫刻館を訪れた。彫刻家北村西望の作品が多数展示されており、戦前、戦中の作品は素人目にも戦意高揚を意図しているとしか思えない雄々しいものが多い。そして衝撃的だったのが長崎平和祈念像の原型だ。長崎原爆の象徴としてテレビや新聞で見慣れたその像は、間近に見ると「祈り」というテーマに似つかわしくない勇壮なものだった。なぜこれが長崎平和記念公園に設置されたのか、そもそも、過去にこの彫刻家が作ってきた数々の銅像を踏まえれば、平和祈念にこれほどそぐわない作家はいないのではないか。その時には私が感じた大きな違和感を解説し、解消してくれる読み物には出会えなかった。先日Twitterに掲載された小田原のどかさんによる加藤典洋著『敗戦後論』の書評は、まさにその疑問に答える内容で始まっていた。≪日本のモニュメントの代表格、長崎市の平和祈念像(北村西望作)。私は、この「平和祈念」という言葉が不思議だった。誰が、誰に、どのように、平和を「祈念」するのか。北村は太平洋戦争中に戦意高揚の彫刻を手がけた。その彫刻家が戦後、当時の作風のままつくった彫刻に「平和祈念」と冠することは、一体何を意味しているのか。≫と。さっそく取り寄せた『彫刻の問題』は、何年もやもやしていた私の疑問に答えてくれる良書だ。平和祈念像にとどまらず、長崎の平和公園に据えられる数々の平和彫刻の問題が、細な調査をもとに解説されている。さらに、広島を訪れる観光客が唯一無二の場所として押し寄せる原爆ドームが保存された経緯まで読むと、彫刻にとどまらないモニュメントの存在、それが社会に与えうるインパクトの大きさに目を開かされる。≪この国の彫刻は検証されるべき問題をかかえています。書籍『彫刻の問題』をきっかけに、様々な方と彫刻の問題を共有することができれば幸いです≫巻末で小田原のどかさんが書くこの書籍を企画した意図は、わたしにまっすぐに伝わってきた。